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コト2021.09.02

For the Patientsを追究する人材教育と産学官医のエコシステムStart Small, Fail Early, Learn Fast. サスティナブルに築く、価値主導型の医療デバイス開発とは。- 後半

前半では、日本の医療機器開発の落とし穴と可能性について、シリコンバレーと比較しながら学びました。後半部では、実際の人材育成の現場やプログラム修了生のストーリーに触れ、実学の意義や今後の展望について考えていきたいと思います。

開発者はユーザーになれない

前半で触れられた「価値主導」の重要性には疑問が残ります。新しい価値を生み出した日本が誇る製品は、ウォークマン、ウォシュレットなどたくさんあるように思えます。

なぜ、医療機器に関して、あまりうまくいかない事例が多いのでしょうか?

八木先生

“挙げて頂いた事例は、開発者がユーザー視点で価値を考えやすいという点が、医療機器と大きく異なります。医療機器については、開発サイドが医療現場に関する深い理解なしに価値を推測して、自社技術に合わせてニーズを変えてしまう傾向があり、外してしまうリスクがとても高くなることが大きな理由の一つであると思います。

一方で、医療サイドについては、もちろん、医療現場に関する深い理解があるのですが、「目の前の患者さんを何とかしてあげたい」という強い想いから、ニッチな領域に入り込む傾向があります。気をつけないと、n=1の市場になってしまう可能性があります。そのため、一歩下がって本質的な問題は何か?と、市場性を考えた上でニーズを定義できれは発想が広がる可能性があります。ここで失敗を避けるには、両者のギャップを埋めて、事業の継続性を考えながら解決すべき問題は何かを明らかにして、達成すべき価値を可能な限り早く設定し、ぶれずに開発する必要があると思います。”

分野間ギャップを埋める

医療サイドと開発サイドのギャップの話が出ましたが、人材育成の現場では実際に何が起こっているのでしょうか?

八木先生

“多様な専門性を持ったメンバーを単に集めてブレストをすれば、分野のギャップを埋めて新しいものを生み出せるかというと、必ずしもそうではないように思えます。これまでに経験した事例を見ると、専門が異なるとコミュニケーションスタイル、専門用語などの違いにより、論点がぼやけて効率的な議論をすることが難しくなることが多いという印象があります。スピード感を持ってプロジェクトを推進するためには、効率的な議論をガイドする「型」が必要になると思います。

また、実際の人材育成の現場での話ですが、フェローシッププログラムの終盤には、これまで特にビジネスに関わったことがない医師の口から「ビジネスモデルが~」という言葉が飛び出したり、一方で、企業エンジニアが臨床上の課題に関する理解を深め、医療従事者が見つけられなかった興味深い論文を見つけたりと、チーム内で分野をクロス(交差)する事例が出てきて興味深いです。それぞれの専門性を生かしてチームをリードすることはもちろん必要ですが、一方で自分の専門分野だからこそ、見えない部分(暗黙知)もあります。自分の分野だけにフォーカスするのではなく他のチームメンバーの分野に関する理解を深めて、素の視点でその分野の専門家が意識しない部分に鋭い質問を行う。

そして、「確かに言われてみればそうだ」と明示知化して深い議論を進めることで、インサイト(独自の視点)発見につながることがあります。本分野の連携では、1+1=2を目指すのではなく、お互いの分野に関する深い理解により議論を深化させることで、インサイトを得てアウトプットの質を更に高めることが可能になると感じております。

多様なメンバーが集まり、共創する

イノベーションを起こす人材とは?

数多くのフェローの教育に携わった八木先生へ、本分野で「イノベーティブな人」にはどんな特徴があるのか、聞いてみました。

八木先生

“いろいろとあると思うのですが、本分野でイノベーションを実現できる可能性が高い人ということであれば…

まず、シリコンバレーで大成功している人々がみんな口を揃えて言うことは、「For the Patients」です。「患者さんのために」、現場観察の「あの時見たあの患者さんを何とかしてあげたい」という想いが重要であるとおっしゃっていました。例えば、お金を稼ぎたいと思ってやっても、壁にぶち当たって心が折れて続かない、そんなに甘くはないと。やはり、どのような人が対象で、「その人が見ているものと同じものを見て、同じものを聞いて、同じペインを感じることで、「なんとかしないといけない」という強い想いを持ってアクションに繋げる、という共感をしっかりできるかどうか、という点はとても重要であると思います。

2つ目は、どんなことも、特に新しいこと、ヒトと違うことを楽しみながらやれること。『子曰、知之者不如好之者、好之者不如楽之者』(子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず)」と孔子が説いたように。とにかくポジティブに行うことです。「オペレーション」と「イノベーション」で仕事として求められることは異なります。日々のオペレーションは常にほぼ100点が求められますが、イノベーションは、決められたことをするのではなく、新しいものを生み出さなくてはなりません。その点では、眉間にしわを寄せてやるよりは、シリコンバレーの方々のように楽しそうにやる方が圧倒的にパフォーマンスが上がるように思われます。

あとは、運の良い人でしょうか。(笑) たくさんのチャンスを掴める人、という意味で言っています。ギリシャ神話由来の「チャンスの神様は前髪しかない」という表現があると思います。チャンスを掴むには、チャンスとして認識し、チャンスを活用する、というステップを踏む必要があります。今抱えている課題を明確にして認識しアンテナを張っておかないと、モタモタして膨大な情報の海の中で多くのチャンスを見逃してしまいます。関心を広げて色々なアンテナを立てておけば、同じ情報を他の人とは違う見方ができるわけです。しかし、たとえチャンスとして認識できたとしても、すぐにアクションにつながらなければ、うまく活用することができません。アクションにつなげる事前の準備も大切であると思います。このようにざまざまなチャンスを掴める(チャンスとして認識してすぐに何らかのアクションにつなげる)ということは、イノベーションの成功確率を高める上で重要であるのではないかと感じました。”

フェローの挑戦

実践の過程を通してイノベーションを体感・実践するジャパンバイオデザインフェローの方々。実際のところ、彼らは、一体、どんなデバイスを開発しているのでしょうか?

八木先生

“初めて会った時、「CEOって何の略ですか?」と質問した方がいらっしゃいました。その方はフェローシッププログラムに参加して、1年半ほどしてして「株式会社リモハブ」設立し、実際にそのCEOになりました!現在、オンライン心臓リハビリシステムを開発しており、治験を行っております。

心不全で入院した患者の再入院率はとても高く、40%ほどにのぼります。心臓リハビリには高いエビデンスがあり、適切に行えば40%程度心不全入院を減らすことができるといわれています。しかし、実際には、リハビリの実施率は10%以下という状況です。その原因としては、患者さんの大部分が高齢者ということもあり、頻繁な病院アクセスにより生じる負担などの問題があります。そのため、家での心臓リハビリを可能にするシステムを開発しています。

起業から1年ほど後に、第3者割当増資を受けることに成功しました。その際に、彼がぼそっと放った「会社を立ち上げるのは、自分のお金でなんとでもできる。でも、人のお金を投資してもらってプロジェクトを推進する今になって、本当にCEOとしての責任を感じるようになった…。」という一言は印象的でした。

2つ目の事例は、「株式会社Alivas」です。難治性慢性便秘の治療デバイスを開発しております。こちらも既に第3者割当増資を実施し、動物実験による効果が検証されております。

株式会社 クアトロメディカルテクノロジーズ」は、フェローシッププログラム中に起業しました。僧帽弁閉鎖不全症の低侵襲治療デバイスと、超音波ガイド下穿刺補助器具の開発が進められております。

他にも、循環器、呼吸器、整形、婦人科など幅広い分野のさまざまな治療や診断を目的としたデバイスを開発中です。これまでに、フェローシッププログラムのプロジェクトから7社起業しており、今後も増えていく見込みです。”

プログラム中の彼らのプロジェクトの進め方について、印象に残ったことはありますか?

八木先生

“個人的な意見となりますが、プログラムを進めていく中で、自分達のプロジェクトに対する確信度を小さくてもよいので継続的に高めていくことも重要であると感じました。最初はプロジェクトに関して不明な部分も多く、いろいろと不安な点や疑念を持っている場合も少なくないです。しかし、「型」に基づき調査を進めて議論、さまざまなメンターからのフィードバックなどで、不明な点が解消したり、アイデアが改善したりするたびに、「あ、何かいけるかも」とモチベーションが高まりプロジェクトが加速するということがよくありました。必要に応じて、少し背中を押すということもありました。

イノベーション実現を目指すのであれば、ニーズを特定して、解決策を考案し、ビジネス実装とすんなりと進まないことが多いです。いろいろ不安を感じながら、調査をして進んだり壁にぶち当たって戻ったりしつつ、段々と知識、経験が蓄積され、プロジェクトに対する確信度やチームに対する自信を積み上げていくことになります。このプロセスを経てはじめて、人に自信を持って説明ができるようになり、資金獲得や人を巻き込むことにつながっていくのではないかと思います。

産学官医のエコシステムを築く

最後に、これまでに行ってきたことをどのように捉え、今後どのように展開しようとしているのか、について聞いてみました。

八木先生

“我々が最終的に目指すところは、革新的な医療機器の開発ではなく、より早くより良い医療を患者や医療従事者に提供できる革新的な医療機器イノベーションエコシステムの構築です。具体的には、効率的で高精度な医療機器開発ならびに事業化を実現するために、共通言語、マインドセットを持った産学官医(※「医」=医療)分野横断型コミュニティの構築を目指しております。そのために、フェローシッププログラムの実践を通じて、共通言語として用いる「型」として日本版バイオデザインを開発し、イノベーションリーダーや教える側の人材育成を育成してきました。

プログラム中に、イノベーションの現場を体感するために、スタートアップやスタートアップを育成するインキュベーター、ベンチャー・キャピタリストのもとへ2週間ほど訪問・滞在する「エクスターンシップ」を行っています。最初の頃は、全員シリコンバレーの企業を訪問しておりましたが、現在ではジャパンバイオデザイン発スタートアップにて実施することも可能になりました。そして、プログラム修了後、エクスターンシップを実施したスタートアップに主要メンバーとして参画する事例も出てまいりました。少しずつではありますが、エコシステムの基礎となる要素が日本でも生まれつつあるのではないかと思います。

また、医師フェローアルムナイがFouderもしくはCo-Founderとして参画した起業事例は7件、まだ起業していないプロジェクトに関しても、プロジェクトリーダーとして、国際的なビジネスピッチでの受賞や、起業に向けた助成金を獲得する等、高い評価を受けております。その意味では、医師の起業マインドセット醸成・新しいキャリア形成が始まりつつあるのではないかと期待しております。

そして、産学官医分野において、より多くの幅広い人材育成を実現するために、短期間で「型」のエッセンスを学ぶことが可能な専門コースや1日入門コースなどを開発・実施し、学会化して活動を広げながら延べ1,600名を超える人材を育成してきました。

産業界については、これまでに400社近く1,200名以上の人材育成を行ってきました、また、社内教育などの形で連携させていただく事例も増えてきています。アカデミアについては、当初の3大学だけでなく、筑波大学、名古屋大学、岡山大学、九州大学、広島大学、徳島大学などとの連携が広がりつつあります。また、東京、福島、静岡、沖縄他、さまざまな自治体や、日本医師会、国境なき医師団などの団体と連携して、人材育成を進めております。

これまでに我々が行ってきた人材育成の事例から、日本人にはユーザーに共感して手厚いところまで気遣いができるという強みがあると感じております。そのため、「型」を用いて適切にガイドして高品質な技術をうまく活用することで、大きな価値を生み出し、競争的優位性を構築することができると考えております。

そのため、各拠点の地域のモノづくりに関わる方々や医療機器開発に関心がある方々を巻き込みながら、次の型破りのフェーズー「型」の基本は守りながら各拠点の特性・強みを生かしたプログラムを産学官医で作り上げていくーに移行し、更なる社会への浸透、ならびに、これまでに得られた成果を更にスケールさせていきたいと考えております。For the patientsの考え方を胸に日本の医療機器産業の活性化に貢献すべく邁進いたしますので、引き続きご支援のほどよろしくお願いいたします。”

ジャパンバイデザインによるエコシステム構築に向けて

八木先生

最後に…いろいろとお話をさせて頂きましたが、私がバイオデザインをスタンフォード大学で学び始めた頃は、医療機器の許認可や保険制度等に関する知識はほとんど持っておらず、それこそFDAが何の略か、医療機器のクラス分類がいくつあるのかも知らない状態でした。

関係各所のご支援ならびに先生方の温かいご指導を頂きながら、日々いろいろと失敗をやらかし、そこからの学びをたくさん積み重ねて、人材育成プロジェクトを推進してきました。私自身もこのプロジェクトで育成して頂いた人間と認識しております。ある意味、人材育成の一つのモデルと言えるではないでしょうか。(笑)

「苦しむ患者さんをどうにか救いたい」―

最終的にはその一心だけが、異なるバックグラウンドをもつ一人ひとりを同じゴールへ向かわせ、気づけば立派な開発者に育て上げるのかも知れません。

将来の医療シーンを担う人材から内発のエネルギーを引き出し、新しい価値を創っていく。知を結集させる教育には計り知れない可能性と、未知の発見がありそうです。

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