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ヒト2020.07.29

オリジナル・インタビュー
Debra Levin, President and CEO, The Center for Health Design
「創設者が語る、ヘルスケア・デザインが求められる背景とそのトレンド」

The Center for Health Design会長兼CEO
デブラ・レヴィンさん


The Center for Health Design (CHD)プロフィール

1993年にデブラ・レヴィンさんが創設した非営利団体で、ヘルスケアの現場における物理的な環境の質を向上させることを目的として、デザイナーや医療提供者、建設関係者をサポートしている。本拠はカリフォルニア州サンフランシスコ郊外。デザインや安全性評価のために役立つツールや教材を開発し、調査を行ってその調査結果や関連論文(ヘルスケア・デザイン分野では最大)のリソースを業界のプロフェッショナルに対して提供している。また、EBD(エビデンス・ベースド・デザイン)の認定制度 EDAC(Evidence-Based Design Accreditation and Certification)を2009年に創設。(現在までに全世界で3000人以上の認定保有者) CHDでは、毎年ヘルスケア・デザインの会議『HCD(HCD Expo & Conference)』と高齢者の環境に関する会議『EFA(EFA Expo & Conference)』を開催している。近年は、中東、中国、ロシアからも講演依頼があるなど、注目を集めている。

現CEO デブラ・レヴィンさん
現CEO デブラ・レヴィンさん


――日本では、デザイン思考によって様々な製品やサービスを考える方法が浸透してきていますが、ヘルスケア・デザイン(医療デザイン)の領域ではまだそれが確立されていません。レヴィンさんが率いられるCHDには、この分野を専門とするプロフェッショナルや企業がメンバーとして加わっています。ヘルスケア・デザイン業界におけるCHDの役割についてご説明下さい。

CHDは非営利組織(NPO)で、ヘルスケア・デザインにおけるリサーチ、教育、啓蒙活動を行なっています。われわれが対象とするのは、物理的な環境がヘルスケアの成果にどんなインパクトを与えるのかということです。ヘルスケアの現場を安全にし、ストレスを軽減し、医師や看護師のワークフロー(仕事の流れ)を改善し、患者を尊重して満足度を向上させる。これを物理的環境から捉えるのです。患者の家族の環境を向上させることも、その中に入っています。
リサーチでは、物理的な環境の違いによってどうヘルスケアの結果が違ってくるのかについて、まだ明らかになっていないことを調べます。リサーチ・プロジェクトには、企業が協力することもあります。そこで学ぶことがあれば、会議、ミーティング、ウェビナーなどを通して教育の材料として、業界の関係者と共有します。また、リサーチの結果をツールや資料として公開することもあります。
啓蒙活動では、ヘルスケア関連施設の基準や標準を必要に応じて変えるよう働きかけたりします。個室や二人部屋の病室のどちらがいいのか、といったことを検討することにも関わります。センターにも少人数のスタッフがいますが、この部分は多くをボランティアの協力に仰いでいます。
CHDの大きな活動として挙げられるのは、『EDAC(Evidence-Based Design Accreditation and Certification)』でしょう。これは、「エビデンス(証拠)に基づいたデザイン」に関する認定制度で、CHDが10年前に創設しました。すでに世界で3000人以上がEDAC認定を受けています。中東に行った際に、多くの人がこの認定を取っているのを知って、私自身が驚きました。
EDACは建築家やデザイナーに限らず、ヘルスケア関連製品のメーカー、ヘルスケア関係者、病院の経営者など、ヘルスケア環境に関わるすべての人を対象としています。EDACは「病室は何平方フィートの面積であるべきか」といった記憶力を試すようなものではなく、最良の解答にたどり着くためのプロセスが学べるようになっています。そのプロセスは仮説を立てるところから始まります。例えば、「このようなデザインにするのとそうでないのとでは、どんな違いがあるでしょうか」という問いがあるとすれば、関連したリサーチを探し出し、その結果に基づいて解答するという流れです。EDACはさらに、自分のプロジェクトを進める際に自身でリサーチを行い、すでにあるリサーチとの違いを見出したりすることも含めています。その見解もみなと共有できるようにします。

――CHDでも独自にリサーチャーを抱えていますね。

そうです。CHDの活動の向上に役立つようなリサーチを常時行い、またツール開発も行なっています。例えば、CHDのサイトにある「ナレッジ・レポジトリ(知識保管庫)」には誰でも無料にアクセスできますが、ここでは環境とヘルスケアの結果を関係付けるあらゆるリサーチが見られます。ここに収められるような論文やリサーチを探してくるのも、CHDのリサーチャーの役目です。こうしたリサーチは誰にでも見つけられるわけではありません。リサーチャーは、こうした役立つリサーチを探し出し、読み込んでそのサマリーを書き、ナレッジ・レポジトリに入れるのです。
また、最近は「スライド・キャスト」も始めました。これはグラフィックスをスライドにして、そこに音声をかぶせ、5分ほどでリサーチのキーポイントを説明するものです。もちろん、これでリサーチを読まなくてもいいということではありませんが、要点を把握するツールとして有用なものです。

創設者が語る、ヘルスケア・デザインが求められる背景とそのトレンド

――CHDのサイトは、確かに充実していますね。

ツールでは、他にもリサーチに基づいて室内のデザインで何に留意すべきかを、インタラクティブなダイヤグラムで示したものもあります。病室、診察室、あるいは自宅でのケアも含め、家具など室内の要素のそれぞれについて解説が付けられています。現在注目される分野となっている行動保健(behavioral health : メンタルヘルスにも関わる医療分野)や高齢者向けの設定も、いずれここに加える予定です。

The Center
he Center for Health Design「ナレッジ・ディポジトリ」
https://www.healthdesign.org/knowledge-repository
The Center for Health Design「病室などのインタラクティブ・ツール」
The Center for Health Design「病室などのインタラクティブ・ツール」
https://www.healthdesign.org/design-insights-strategies-tool

――約30年前にCHDを立ち上げられました。きっかけとなったのは何ですか。

500人ほどが参加した会議を組織したのが最初でした。物理的環境はヘルスケアの結果を左右するのではないか、というテーマの下に集まったのです。デザイン、ヘルスケア、家具メーカーなどの関係者が一堂に会し、それぞれがどんな需要、要求、希望を持つのかを話し合おうという目的です。そうすることで、家具メーカーはデザイナーから製品に関する問題点を直接聞くことができ、ヘルスケア関係者から懸念を聞いたデザイナーが改良して、それを参考に家具メーカーが製品を作るといったことが起こります。
その会議がHCD (HCD Expo & Conference)となって、現在4000人以上が参加するほどに拡大しました。CHDではもう一つ、高齢者の環境に関する会議も開催しており、CHDの活動はすべて、この二つの領域に関連しています。会議のほかにウェビナーを設けたり、「ビルド・エンバイロメント・ネットワーク(BEN)」という、施設管理担当者のメンバーがヘルスケア施設を訪問して議論するというグループを設けたりしています。CHDは、常にこの業界が必要とするツールやリソースを準備し続けているわけです。

――メンバーはデザイナーや建築家が中心ですか。

元々はデザイン関係者を対象としていたので今でもやや多めですが、ヘルスケア関係者、家具やインテリア・メーカー関係者が混じり合っています。メンバーシップは基本的に企業ベースですが、個人メンバーシップも設けています。

――ヘルスケア業界からは、どういった人が関わっているのでしょうか。

病院のCEOもいれば事務関連部門のディレクターもいます。多いのは、施設管理担当のVP(副社長)です。大きな病院であれば、いろいろなレベルの担当者が関わってきます。

――CHD創設後の約30年間で変わったことは何ですか。

まずはその規模でしょう。ヘルスケア産業に従事する人々が多くなり、この業界は爆発的に大きくなっています。
もう一つは、ヘルスケア・デザインがもっとチャレンジングになると同時に、やりがいのある対象になってきたことでしょう。30年前には製品の数がそれほどなかったので、デザイナーたちがどんなにクリエイティブなプロジェクトを案出しても、実現するすべがありませんでした。しかし、今は製品を大きなパレットから選ぶことができます。ヘルスケア用であっても、自分の家に置きたいような美しい家具もあります。
さらに、ヘルスケアの定義も広がりました。現在は「ウェルネス」への注目も含め、社会のあらゆる側面にヘルスケアの要素が見られます。家庭、職場、小売でもヘルスケア的なことが起こっている。したがって、デザイナーらが手がけるプロジェクトもより大きくなり、同時に面白くなっていると言えます。もちろん、テクノロジーもわれわれの仕事に影響を与えています。

――業界が大きくなった背景には、何か理由があるのでしょうか。それとも、自然と拡大してきたのでしょうか。

両方です。一つには、ヘルスケア施設の安全性欠如のために患者が命を落としているといった調査が発表され、安全を確保することへの関心が高まりました。HCAHPS(米保健福祉省が定める患者経験価値調査)の実施も影響しているでしょう。HCAHPSの一部は物理的環境に関係していて、環境によって静かさや清潔さ、コミュニケーションの度合いが変わるといったことがわかってきました。こうしたことをヘルスケア関係者が参考にして、デザイン業界に助けを求めるようになっているわけです。

「創設者が語る、ヘルスケア・デザインが求められる背景とそのトレンド」

――ヘルスケア施設の質を高めるためにはコストが高くなります。またプロジェクト前にリサーチをするためにも、追加のコストがかかります。そうしたコストは誰が担っているのでしょうか。

何年も前にCHDでは、コストに関するホワイトペーパーを作成しました。ここでは、建設など初期コストと長期的コストを比較したのですが、はっきりとわかったのは、初期コストは一部で確かに高くなるが、意識的にヘルスケア・デザインを行わなかった場合の長期的コストははるかに高くつくということです。優れたヘルスケア・デザインによって、医療ミスや物資の消費が減り、患者が転ぶといった事故も防げるからです。ちょうどソーラーパネルを設置するのと同じで、最初は高くついても、長い目で見れば毎月節約をしていることになるわけです。
リサーチのコストは、捻出が難しいものです。提携するヘルスケア施設やメーカーが援助する場合もあり、建築設計事務所も大手になると、リサーチに予算を充てられるというケースもあります。しかし、規模が小さい事務所ではそれはかないません。正直なところ、リサーチがまったく行われないというケースも多いのです。
そこで、CHDでは10年以上前から『ペブル・プロジェクト』を進めています。ここでは、施設を計画中のヘルスケア関係者がやってきて、他の業界関係者と意見を交換したり、CHDの資料から参考になることを学んだりします。それを自分たちのデザインに生かし、完成後にはそこで利用状況に関するリサーチを行なって、結果を還元するというものです。ただ、実際には完成後ヘルスケア関係者は自分たちの医療の仕事で忙しくなってしまうため、リサーチが行われないことがほとんどです。これはどうにか解決したいと思っていることです。

――アメリカの病院は、ホテルと見紛うような豪華な建物が増えています。見栄えする環境といいデザインとの違いは強調するポイントですか。

両方が大切と言えます。よく使う表現は「適切さ」で、それはそのヘルスケア施設が何を求めているか、どこにあるかによって異なるでしょう。避けたいのは、ロビーが実に豪華なのに、奥の患者スペースやスタッフの部屋へ行くにしたがってお粗末さが目立つというケースです。そうしたところこそヘルスケア・デザインのインパクトが大きく、予算をかけなければならないのです。ただ、20年前はそんな病院が多かったのですが、今はヘルスケア・デザインの考え方が広まり、またHCAHPSの影響もあって意識が変わったことは確かです。

HCD 2019 で登壇するデブラさん
HCD 2019 で登壇するデブラさん

――現在、ヘルスケア・デザインで見られるトレンドは何ですか。

行動保健やメンタルヘルスに注目が集まっていること、プレハブ建設が再評価されていることなどがあります。プレハブは、いろいろな実験が行われていますが、材料の無駄を省き建設をスピーディーにすると期待されています。
サステイナビリティーも依然として関心の的で、これはもう基本的な項目になったとも言えます。さらにテクノロジーが医療のデリバリーや施設デザインに果たす役割も大きくなっています。テクノロジーがヘルスケアに与える影響にはまだ未知の部分が多いわけですが、業界では様々な取り組みが見られます。
さらに、これまでは異なった施設だったものが一体化されるという傾向もあります。例えば、ヘルスケアを中心に据えたパートナーシップとして、リハビリセンターと大学のスポーツセンターが一体化していたりします。これはコストを削減するという目的で行われていることです。
しかし、一方でこれまでの境界線がなくなっています。ヘルスケアがあらゆるところで起こっているからです。例えば、70〜80歳代になっても自宅で住み続けたければ、ヘルスケアの舞台は自宅です。そうした時に、自宅の物理的環境と家具などの製品の両方をどうデザインすべきかは、考えなければならない課題です。また、ウェルネスをコミュニティーに統合して、緑のスペースや公共交通の駅を捉え直そうという動きもあります。つまり、もはや救急病院だけがヘルスケアの現場ではなく、ヘルスケアは蜘蛛の巣のように社会に広がっている、というのが大きなトレンドでしょう。

――日本の高齢者施設の一部が、アメリカのヘルスケア・デザイン関係者からも注目されています。しかし、そうした施設は、日本では「ヘルスケア・デザイン」と呼ばれていません。名称を付けることは重要でしょうか。

名付けることによって関係者をまとめ、考え方を広めることができます。その分野が必要としていることに光をあて、コミュニティーを確認して、問題を定義することができるのです。そして目的を掲げて「これは重要だ」と声を上げれば、そこに機会があるということがアピールでき、新たな製品も生まれるでしょう。そうすることによって、ヘルスケア・デザイン業界は当然の存在となり、メインストリームになれるのです。

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