連載3回目にあたる本記事では、東洋大学理工学部建築学科の岡本和彦先生への取材を通して、日本の病院建築ならではの考え方や特徴について考えます。
待合室に求められる役割
石原(HCD-HUB編集部):日本と海外を比較したときの、病院建築やサービスの違いについてお聞かせいただけますか。
岡本先生:世界にはさまざまな病院がありますが、建築においても、医療サービスの質という点においても日本は優れています。世界でトップレベルと言ってもよいのではないでしょうか。
大学でイタリア研修を実施したときに、一人の学生が体調を崩し夜中に病院に担ぎ込まれて、たまたま院内を見学することになったのですが、特に待合室のクオリティは全く違います。季節は夏でしたが、山間部は寒くて、私だけでなく治療後の弱っている学生もプラスティック製の硬い椅子の上で、タクシーの来る明け方まで小さく丸くなりながら待っていました。患者のための空間ではないと感じました。待合室は海外と日本とで大きく違うところだと思います。
石原:なぜ、そのような違いが生まれたのでしょうか。
岡本先生:例えばアメリカの場合、診察は完全に予約制で時間どおりに始まるので、待合室自体がほぼありません。日本の場合、多くの病院が予約制ではなく、受付した順番に診察するので、「人が待つ空間」が必要です。保険制度に守られて、誰でも自由に病院を選ぶことのできる日本では、待合室が病院の顔になっているのです。だからこそ、待合室をきちんとデザインしないといけない。長時間過ごす場所になるから、くつろげる空間で「待つ体験をより良くする」ことが日本の病院では大切にされているのです。
個室化する日本の病棟
石原:その他海外と比較した時、日本建築に特有の違いはありますか?
岡本先生:ヨーロッパだと2人か3人部屋、アメリカだと個室が一般的なのですけれど、日本の場合は4人部屋がスタンダードとなっています。設計者はさまざまな工夫を凝らし、結果、日本ならではのトレンドとして、4人部屋で患者さんがいかにリラックスできるかを追求して、凸型の部屋で全てのベッドに窓がある、「個室的多床室」のバリエーションが100以上生まれました。医療福祉建築協会の会誌にそのバリエーションが86種類掲載されています。それを見ると楽しいですよ。なるほど、よくこんな設計を思いつくなと思います。
石原:欧米は個室化が進んでいるにもかかわらず、日本ではいまだに大部屋が主であり、患者さんの満足度を下げているとも言われています。なぜそのような現象が起こるのでしょうか。
岡本先生:昔は基本的な建築構造に違いがありました。ヨーロッパの古い病院は、壁で建物を支える壁式構造で、間口の狭い細長い部屋が多かったため、2〜3人しか入らなかった名残りがある気がします。日本は木造から鉄筋コンクリート造に変わっても柱と梁で建物全体を支えるラーメン構造なので、正方形に近い病室に4人入れやすかったのでしょう。
石原:それでは今後も、個室化は進まないのでしょうか。
岡本先生:いえ、おそらく日本でも病室の個室化が進むでしょう。団塊の世代以降の人たちは昔と違って、同じ部屋の人とコミュニケーションを取りたがらなくなり、みんなカーテンで仕切って、自分の空間を作ってしまうようになりました。4人部屋でうまくいっていた日本の社会が、今では欧米化が浸透し、個室化が主流になっている。ビートルズを聞く世代が高齢化してから社会の流れが変わって、高齢者がいわゆる昔ながらの「おじいちゃん・おばあちゃん」ではなくなってきたと感じます。コロナ禍の隔離でも個室は評価されましたし。
持続可能な病院建築
石原:逆に、日本の病院について、課題だと感じる点についてお聞かせください。
岡本先生:日本の病院でよく非難されるのは、CTやMRIの台数がやたらと多いということですが、コロナ禍においてはCTがたくさんあったからこそ、迅速に対応できた印象があり、患者さんにとっては良いことです。ただ、機械の数が多いのは、建築デザインの立場としては大変です。特に先端医療を提供する大規模な病院は、どうしても機械がどんどん新しく導入されるので、物理的に空間の中に入らなくなって増築せざるを得ない。
石原:それは建築のサステナビリティという観点ではどうなのでしょうか。
岡本先生:サステナビリティという観点では、日本の病院建築は発展途上だと感じています。取り壊しまでの期間が短く、30年保てば良いという感じなので。丈夫な躯体を作り、内部はリノベーションしてまで建物自体は使い続けるという発想が本来は必要なのですが、残念ながら病院建築ではできていない。
増築の課題もありますが、日本の場合は、激しい災害や地震が起きると、それまでと根本的に建築基準が変わってくるので、これは災害大国日本の宿命でもあるかと思います。
石原:充実しすぎる医療機器は資源として無駄が多いとも言えますよね。また、少子化・人手不足も大きな課題ですよね。
岡本先生:そうですね。病院経営の観点から大きな問題でしょう。
病院はスタッフ不足で、対応できるキャパシティが減ってしまう。新しい機器を導入するといった投資がしにくくなってしまう。病院もシェアをしなければいけない時代にきています。
近隣の病院が協力して、機器や医療スタッフの共有をするべきだと思っています。都心では特に、病院同士で重複している機能を共有することが避けられなくなってくると思いますが、できていないのが現状です。組織が、いわゆるサイロ化していることが日本における課題です。
石原:コメディカルを含め、病院スタッフのモチベーションを上げる工夫は、ますます必要となりますね。
岡本先生:患者中心のデザインはすでにやり尽くされた感があります。今は、病院スタッフの働きやすさを考慮しなければ、プロポーザルに通りません。働きやすい動線計画などはすでにスタンダードになっており、リラックスして働くことのできる環境づくりが重要です。手術は長時間にわたるわけですから、それこそ、手術室の環境のよさを理由に医師が病院を選択する時代が来るかもしれません。また、働く環境の整備だけではなく、勉強熱心で向上心の高い医療従事者のために集まってディスカッションができたり、リラックスできる環境をいかに提供するかがますます、大切になってくるでしょう。
フィジカルな病院の半永久的価値
石原:未来の病院について、岡本先生の期待をお聞かせください。
岡本先生:医療以外のサービスへの展開でしょう。日本は今まで「病院以外の機能」をあまり考えていなかった。台湾や韓国は病院以外の機能で患者さん以外の人にも来てもらおうとしています。例えば、地下鉄の駅から病院に直結していて、地下街のようにフードやいろいろな物を売ったりしています。
石原:インドの病院では、入院中に患者さんやご家族も映画を鑑賞できるように、映画館付きの病院もありますね。
岡本先生:みんなで踊ってストレス解消、楽しそうですよね。日本の病院も単に待合室の充実だけではなくて、このようなアプローチをする可能性はあるでしょう。日本での兆しとしては、例えば南生協病院は、生協が運営しているのでいろいろなお店が入っています。日本の場合は治安も良いので、建物としてオープンにしてもいいわけですし、フリーアクセスにして、地域の交流の場にできる可能性があると思います。
石原:病院がサービスを提供することにより、地域の活性化につながるのですね。最近では、病院のDX化によって、ヴァーチャル診療が浸透する一方で、フィジカルな世界に戻りたいという気持ちが現れてくるとも聞きます。
岡本先生:その意味では、フィジカルな病室や診療室はこの先も残り続けるでしょう。かつては病院の待合室がおばあちゃんたちの社交場になっていた、という話も耳にします。いくらリモート診療が普及しても、やはり直接会って話してもらわないと、納得できないという面もきっとあるのではないでしょうか。その際、看護師さんをはじめとするコメディカルの活躍が期待される。リモートのお医者さんと、家の近所の看護師さんと患者さんの3人が面会できる地域コミュニティの場所があると良いと思っています。疑似診察室みたいなものができると患者さんの安心に繋がるので、何か新しい空間としての提案ができないかなと考えています。スーパーの中にそういうコーナーがあってもいいかもしれないですよね。本当に重症な人だけメガ病院を選択し、そうでない人はマイクロな医療機関、あるいは空間を利用するように変容していくのでしょう。病気にならなくては行けない、敷居の高い診療所ではなく、医師がいなくても看護師などのコメディカルがいて、誰にとっても居場所になるような空間ができるといいですね。
インタビューを終えて
病気の有無に関わらず、気軽にコメディカルに相談できるような地域のコミュニティは、これからの時代が求める“理想の病院“のひとつだと言えるでしょう。治療だけでない役割が病院に必要となる日も遠くないかもしれません。