医療現場におけるデザインプロジェクトを生む仕掛けづくりに取り組んできた『HCD-HUB』。今回は視覚から「心地よさ」に直結する「照明」にフォーカスをあて、株式会社LIGHT & DISHES代表の谷田宏江様と照明士®資格を所有するHCD-HUB編集部の村田和之の対談で“理想の病院づくり”について紐解きました。
ヒューマンセントリックライティングとサーカディアリズムという考えで人に寄り添う照明を
村田(HCD-HUB編集部) 今回は「照明」という切り口から“理想の病院づくり”とはなにか?を考えたいと思います。食と照明を体感できるLIGHT & DISHES Lab.の運営や、照明開発のコンサル、建築デザインの媒体での執筆など、様々な角度から照明に関わっていらっしゃる谷田様の考える「照明」の在り方についてお聞きしたいと思います。
谷田 照明を一言で表現すると、「人に寄り添うもの」だと思います。照明が灯るところには人がいる、人がいることで、照明自体が生きる。だからこそ、人が居心地よく感じられる光が重要だと思います。これは、ヒューマンセントリックライティング(HCL)という考え方になります。
村田 照明は演出にも使われるし、照明器具はインテリアのポイントにもなる。LEDになって制御するシステムも増えていると思いますが、海外のトレンドもそのようなHCLの考え方になっているのでしょうか?
谷田 照明=光で考えると、この10年でだいぶ変化しています。急速にLEDが進化したことで、高効率になった上に、演色性もRa90以上になり、自然光にかなり近づいてます。調光調色の性能が向上し、制御システムも進化したことで、サーカディアリズムを整える照明が注目されています。室内にいても1日の太陽の変化に合わせてライティングを調整することで、体内時計を整えるサポートができます。海外の照明ブランドは、この考えをもとに人に寄り添うというコンセプトにシフトしはじめているなと感じます。
村田 本来であれば、時間に合わせて自然光を浴びた方が人間の体にとって良いかと思われますが、自然光に近づいているLEDでも代替できるのでしょうか。
谷田 太陽光と同じ質の光を医療施設に取り入れた製品が海外の見本市で出てきていて、話題になっています。外に出られない病気の患者さんにとっては、太陽光と太陽光に限りなく近い演色性の照明が望ましいというトレンドです。
村田 照明の目的は居心地が良くなること、そのために照明は人に寄り添うこととお聞かせいただきましたが、自律神経や人の痛みに照明や光が作用することも考えられるのでしょうか?
谷田 人間の五感である視覚、嗅覚、触覚、聴覚、味覚は、全て様々なことにつながっていると思います。例えばレモンを見ると唾が出てくる酸っぱさを感じるとか、ご経験ありますでしょうか?そのように味について視覚が味覚を作用している場合もあります。だからこそ体内時計や五感と一緒に光を考えていくことで、自律神経への作用や人の痛みへの作用の答えに近づくような気がします。
医療従事者、患者さん、ご家族の三者にとっての最適解を捉える、タスク・アンド・アンビエントの考え方
村田 病院の照明についてですが、個人的にはいくつかの課題があると感じています。病院という空間は医師や看護師にとっては「働く場所」ですが、患者さんにとっては「病気を治す、癒すための場所」、患者さんのご家族にとっての側面もあり、様々な役割を担っている場所であること。その人たちの行動も様々なので、病院という同じ建物、空間で最適化できるのか、何が最適解なのかということです。オフィスや学校などの場合、使い手のそれぞれが割と同じことを目的としているので、求められる光の質も等しく、最適解を出しやすいと思うのですが、病院の場合は見極めが難しいなと思われますがいかがでしょうか?
谷田 HCLやサーカディアリズムの考え方では、働く人にとっても一定の明るさだけではない環境が必要になってきます。病院には働く人と患者さんと、お見舞いに来られる健常者の方がいますが、こういった人たちの最大公約数な部分があると私は思っています。まずは病院にいる人たちそれぞれの目的は何なのかをまとめて優先順位をつけて、最大公約数を考える。面積の大きさや用途に合わせて、どうしたら心地よい空間になるのか、働きやすい、集中できる空間になるのか。それぞれの居心地の良さを大切に考えることで、最大公約数の中から最適解を導き出せるのではないでしょうか。
村田 最適解を見極めるためには、どういった考えが重要になってくると思われますか?
谷田 条件に合わせた明るさが必須の手術室など機能を最優先に考える場所、ナースステーションやレントゲン室など作業や検査をする場所、受付や待合室、デイルームなど安らぎの場所、それぞれのタスク・アンド・アンビエント※を確実にクリアすることが大切だと思います。目的に応じて適度な明るさの場所を作ることで、働いている人にとってもリラックスできる居心地のいい空間にもなり得るのではないでしょうか。タスク・アンド・アンビエント照明は、 照明電力の削減効果として20~30%が期待でき、さらに照明熱負荷削減に伴い、空調熱負荷にもつながります。
※タスク・アンド・アンビエント照明は、作業する場所や作業対象に必要な明るさにするスタイル。明るさセンサや人感センサなど取り入れることで、いっそう効率よく簡単にタスク・アンビエントが実現できます。
建築の初期段階から照明計画を立てることが、病院における環境の最適化につながる
村田 病院は一度建てたら、30年、40年と使われることが多いです。建物だけでなく照明も変更しないままの病院も多いのではないかと思われます。照明はこの10年で進化をしているにも関わらず、もしかすると古いまま後回しにされているかもしれません。経営や予算の壁もあるかもしれませんが、見直されない照明環境にも課題を感じています。建替えスパンは30~40年ですが、数年おきに行われる部分改修の際、照明もどうすれば適切な環境に変更できるのかお聞かせください。
谷田 病院という環境においては、照明器具の台数を増やすのではなく、必要なところに必要な質の光を設計することが大切だと思います。30年、40年前に建てられた病室の場合、明るい室内にするために隅々までダウンライトがついているのではないでしょうか。思い切った考え方ではありますが、患者さんはベッドごとにカーテンをしているので、部屋の真ん中にあるダウンライトは取ってしまい、各ベッドの照明の光源を変えるという判断もできます。タスク・アンド・アンビエントの考え方を取り入れることで、経費を抑えていく方法も提案できるのではないでしょうか。照明全部を新しく変える必要はないけれども、優先順位を間違うとチグハグな照明環境になってしまうので、照明計画が大事だと思います。
村田 10年、20年ぐらい前は蛍光灯を使用していて、逆に明るすぎたとか、今と比べると照明器具が多すぎるといった課題もあるかもしれません。多すぎる照明を引き算して、必要なところだけを改修して質を上げるという計画の仕方は考えられますね。
谷田 東日本大震災のときに、計画停電がありました。そのときに判明したのが、当初の回路計画によりスイッチ一つですべての照明が消えてしまうこと。年数が経っている病院でも同じようなことが起こっていたかもしれません。照明をつけたり、消したりを明確にできるような仕組みにしていないと、非常時に危険が生まれてしまう可能性もあるかと思います。
村田 産科も兼ねている小児科専門の病院にお話を伺いに行った際、陣痛がきた患者さんの処置をしようと、急いで照明をつけたら、スタッフステーションだけでなく、NICUも含めて一斉に照明がついてしまうということをお聞きしました。NICUには寝ている新生児もいるので、急に明るくなるとその子たちも看護師さんも大変です。緊急性のある病院という環境だからこそ、設計段階から照明計画を担う人が参画することで解決できそうなこともあるでしょうか?
谷田 小児病棟や産婦人科施設など含め、24時間、いつ何時に起きるかわからない時にすぐ対応できるために、機能として即時に照度が必要な場合は、パッとスイッチをONするだけで点灯できなければならない。だからこそ、必要な場所だけに必要な照度で点灯できる計画が必要です。建築計画を立てる初期段階から照明もプロジェクトに参画することで、その設計が可能になります。これから新しく建てられる病院でも、改修される病院でも、設計段階からタスク・アンド・アンビエントの考え方を大切にした照明計画を立てることで、様々な目的を持った人たちが居心地よく感じられる病院づくりにつなげられるのではないでしょうか。