「The Opportunity to Transform HCD Research with Computational Design （HCDリサーチをコンピュータ利用によって向上させる）」というセッションは、コンピュータやセンサー技術を利用して施設のリアルな利用状況を捉えることで、医療環境を改良するために有効なフィードバックが得られるようにすることがテーマです。

セッションに登壇したのは、クリーブランド・クリニックのマーケットリサーチ・マネージャーのスコット・スティール氏、建築設計事務所ゲンスラーのインテリジェント・プレーシス・ストラテジー部門ディレクターであるリチャード・タイソン氏、同事務所パフォーマンス・アナリティクス部門マネージャーのニコラス・ワトキンス氏です。

オハイオ州クリーブランドを本拠とするクリーブランド・クリニックは、その先端医療で知られるだけでなく、古くから患者中心主義を掲げてきた病院としても有名です。地元以外にもフロリダ州や中国、ロンドンも含めて18病院を持ち、総ベッド数は5,895床、66,000人の医療提供者がおり、年間200万人の患者が利用します。

ゲンスラーは、ここ数年にわたって同クリニックのリサーチに関わってきました。2016年に新設された同クリニック傘下のエイボン病院の入居前調査、家族医療センターのシナリオ想定、クリニック全体の退院患者のエクスペリエンス調査などです。

セッションでまず取り上げられたのは、「患者パネル」と呼ばれる調査に協力してくれる患者コミュニティーの重要性です。同クリニックでは、この調査に参加する患者が5,000人いました。

患者パネルには、様々な方法でフィードバックをもらいます。オンラインアンケート、議論グループやフォーカス・グループへの参加、面接、病室などのモックアップを体験するデザイン・リサーチへの参加などです。同クリニックの患者パネルへの調査は2008年から行なわれていますが、近年もエイボン病院の入院患者への調査結果をフロリダ州に新設した病院に活かすフィードバック・ループが生まれました。

この調査では、自分のために確保されていたもの、統合的な美的環境などが、細かな質問によって問われます。例えば環境の適応度では、家のようにくつろいだか、ホテルのようなホスピタリティーがあったか、といったことから、部屋では清潔さや癒しを感じたかといったことまで含まれます。

調査結果では、「窓から光が差し込み、街の風景が美しく見えた」、「夜は静かだった」など肯定的なものもあれば、「看護師は動き回っていることが多く、患者に時間を取らない」や「医療提供者の準備エリアが良くない」など否定的なものもありました。

結果的にエイボン病院は非常に適応しやすい環境だったという評価が多かったのですが、適応度には収納スペースや電源コンセントの数、調整可能なテーブル、病室内外での歩行など、かなり多くの要素が関わっています。

最終的な病院の印象においては、見た目よりも、病室への適応のしやすさが重要で、そこには患者自身だけではなく、医療提供者や訪問者への便宜など、包括的な要素が含まれます。「患者は鋭い目で観察している」と登壇者は口を揃えて伝えていました。

さて、ゲンスラーでは「エクスペリエンス指数」を独自に打ち立てています。これは、患者のエクスペリエンスを一定の枠組みに定義することで計測可能にするものです。3年以上にわたる検討を経て作られ、社会性や発見、楽しさ、向上心も計測項目に含まれています。

そして、こうした内容を捉える未来形として新技術を用いたリサーチがあります。現在、小売業界では少しずつ広まっていますが、医療業界にも有効な方法だそうです。

例えば、空間にセンサーを設置し、スタッフや顧客の利用状況をモニタリングしヒートマップで示すなど、人が行き来した動線を量的に観察できます。また、誰が誰とやりとりしているのかを、人の動きによって計測する方法もあります。

空間のデジタル・ツインをバーチャルに作り、複数のシナリオをシミュレーションし、検討する際の議論もより具体的で強いものになると言います。

テクノロジーを導入することによって、これまでは不可能だった側面を視覚化し、洞察力を深めることができる。このセッションは、患者の鋭いフィードバックに加えて、これからは力強いツールが加わることを物語るものでした。