“理想の病院づくり”とはなにか?
こうした問いを掲げ、医療現場におけるデザインプロジェクトを生む仕掛けづくりに取り組んできた『HCD-HUB』。わたしたちは『HCD-HUB』をWebメディアの名称であり、 イベントやコラボラティブワークを通じて医療とデザインを横断的に結ぶ、価値共創のプラットフォームと位置づけています。2023年には、患者中心のデザイン(空間やプロダクトだけではなく体験そのものデザイン)を実現させることをゴールに、これまで以上に活動を深化させていきます。
対症療法の落とし穴
Human Centered Design(略してHCD)を掲げる『HCD-HUB』は、情緒的側面から問題を提起し、特異な状況に佇む患者さんの潜在的な要求を救い上げ、空間づくりやプロダクト開発、コミュニケーションツールなどに落とし込んでいきたいと考えます。その背景には、これまで病院の空間やサービスに見落とされてきた「尊厳」の問題意識があります。病院にかかることは、一人の人間が「患者」としてのアイデンティティをもつことを意味します。疾患(あるいは外傷)の種類や重症度によって状況は異なれど、不安や孤独といった情緒的な側面、痛みや痒さといった身体的な側面から、二重の苦しみを抱える人が少なくありません。「痛ければ痛み止めを飲んで鎮痛させる」。このように、有効的で効率的、安全性の高さを最優先させるのが医療の常識です。こういった対症療法的なアプローチが身体的側面を解決する一方、情緒的な側面への配慮に欠け、「患者」である前に生活者であったユーザーの尊厳を見落とすこともあるのです。
先行事例から解決のヒントを探る
わたしたちは、患者さんの病状によって重視される医療(の質)の側面は変化すると考えています。高度急性期から急性期、回復期(リハ)、そして慢性期といった病状の変遷および医療施設の機能ごとに、取り組むべきことは異なります。何よりも命を救うことが優先される現場では、CURE(治療)の有効性が最優先に。一方、患者さんの病状が回復してきて以降は、お見舞いにいらっしゃるご家族も含めて、心理的に寄り添いながら診る/看る、CARE(看護ケアやその他広く病院内のケアサービス)の姿勢、つまり患者中心性が重視されるようになります。
これまでのHCD-HUBでは、ストレスの多い非日常を強いられるユーザーの体験をインクルーシブな手法で刷新させる医療施設に出会い、臨床現場で活躍する医師や看護師に限らず、デザイン業界の有識者の方などへの取材を通じて、幅広い観点から“理想の病院づくり”に想いをめぐらしてきました。ここでは、それらの取材記事に登場した実践事例を3つピックアップし、解決のためのアプローチのヒントを探ります。
事例1.千里リハビリテーション病院 ブックライブラリ
「脳卒中のリハビリに使える本を1500冊集めてください」という理事長のオーダーから始まった大阪府の千里リハビリテーション病院のライブラリづくりは、ブックディレクターの幅允孝さんが選書および空間プロデュースに関わったプロジェクト。
事例2.筑波メディカルセンター病院 つつまれサロン
筑波大学の学生と病院職員によるアイディアブレストなどを経て、利用頻度が低かった家族控え室を改修し、曲面の壁や木製のベンチによる柔らかい雰囲気のなかで落ちついて過ごせる多目的な空間がデザインされた筑波メディカルセンター病院のプロジェクト。
2つの事例は、患者さんのアウトカムに有効なデザインという点で共通しています。千里リハビリテーション病院のブックライブラリでは、脳卒中に「効く」、つまり臨床的な効果を狙って選書されており、本がリハビリツールとしての役割を担っています。筑波メディカルセンター病院の「つつまれサロン」は控室としてだけではなく、この場所で理学療法士さんとリハビリを行うこともあるそうです。そして、これらの事例が臨床面と同時に「情緒的な価値」を発揮している点でも共通しています。一般的な日本の総合病院は、フロア、エリア、そして部屋ごとに明確に機能(使い道)が分かれていることが多く、その効率重視の構造が、患者さんのナラティブな感情を表出する機会を奪っているように思います。身体的な不自由やそれに伴う苦痛を実感すると共に、終わりの見えないリハビリ生活に嫌気がさしたり、将来や家族、職場を思って不安になるなど、様々な心の波を経験します。あるいは、入院生活にひたすら退屈しているかもしれません。重大な診断結果を告げられた患者さんとご家族は、立ち止まって心を整理する機会を望んでいるかもしれません。そんな一つひとつの病院のシーンに、本やアートの力を使ったデザインが「尊厳」を守る手段としても有効に働きかけるのではないでしょうか。
事例3.つくば公園前ファミリークリニック
「メディカルテーマパーク」をコンセプトに掲げる小児整形外科のつくば公園前ファミリークリニックは、こどもと大人が一緒に体を動かし遊べる内装(ボルダリングや巧技台)により、やる気を引き出して楽しい体験ができる。
つくば公園前ファミリークリニックからは、外来のシーンで学べることがあります。
“医療というとても大切で役に立つ資源が、病院の中だけに閉じ込められてしまい、十分に社会に活かされていない。病院に行かないとその恩恵を受けられないのはおかしい、もっと社会に還元していくべきだと僕は考えています。”
こう語る中川院長は、遊ぶことが健康につながる仕掛けを院内の空間に落とし込んでいます。「病院」という空間が日常と乖離していることに加え、ただでさえ専門性の高い医療は、コミュニケーションの距離、言い換えれば「( 医療提供側と患者側の)情報格差」の課題を抱えています。 (慢性の疾患をもつ)外来患者さんを対象とした、退院後と病院内の分断された体験をつなげる取り組みも、患者経験価値を高めるために有効なデザインなのではないでしょうか。
HCD-HUBでは、こうした先駆的な事例に習い、次の3つの観点から可能な限りの効果検証をしながらデザインをブラッシュアップしていきます。
1.情緒的な価値を生み、心理的な癒しの効果を発揮したか
2.(病状に即した)身体面の課題を克服し、患者の臨床アウトカムに効果をもたらしたか
3.空間やプロダクトが患者の主体性を誘発する仕掛けであるか(継続の効果を発揮したか)
さらに、このデザインプロセスは患者さんの「ために」一方的につくるのではなく、「ともに」つくる、インクルーシブな状態でなければなりません。わたしたちは、「当事者」である患者さんやご家族、臨床現場の医療スタッフ、そして「作り手」であるエクスペリエンスデザイナーや建築家の間を結ぶ、コーディネーターとしての機能を果たしていきたいと考えています。
“理想の病院づくり”を目指して
昨年の3月、筑波メディカルセンター病院の取材に伺いました。16年前から続くArt&Designの活動について、病院でアートを追究する意味を聞いてみると、アートディレクターの岩田さんはこう答えられました。
“ホスピタルアートとか病院のアートについて「どういうものが良いと思いますか?」と聞かれることがありますが、それはその病院によっても、そこにいる人達によっても全く変わってくるため、一概に「こういうアートが良いですとは言えません」と答えるのですね。そこで皆さんが必要とするものは何か、どういうケアの在り方を体現したいか、ホスピタリティとは何か、という思考が形になって表れてきたものだと思っています。”
この印象的な言葉に向き合った時、わたしたちのすべきことが自然と見えてきたように感じました。それは、その病院、その診療科、目の前の患者さんに「とことん向き合う」ということ。疾患の特徴、薬剤、痛みの種類、生活に影響する不自由、処置などを細かくリサーチし、入院中あるいは退院後も疾患と付き合い続けなければならない患者さんにとってのボトルネックを可視化できるように努めること。そして、当事者と参画者全員が納得感をもったアウトプットが導き出せるよう、工夫し続けること。
わたしたちはこうした視点を踏まえながら、“理想の病院づくり”への貢献の仕方を問い続けていきたいと思います。『HCD-HUB』の活動に少しでも関心をもっていただいた方は、ぜひ何かしらの接点でこのムーブメントに加わり、“理想の病院づくり”をともに探求していただければと思います。(国内外の取材記事、mashup studoでのトークイベント等もお楽しみに!)
Text by Mayu Tsuji, Edit by Kotaro Okada