ピーター・ディブリュー医学博士
ピーター・ディブリュー医学博士(Peter DeBlieux, MD)
ピーター・ディブリュー医学博士(Peter DeBlieux, MD)
ニューオリンズ大学医療センター(UMC) チーフ・エクスペリエンス・オフィサー。ルイジアナ州立大学医学部卒、UMC救急医療部長、 UMCチーフ・メディカル・オフィサーを経て、2018年より現職。
ディブリューさんは、ニューオリンズ大学医療センターの救急医療部門の医師であり、同時に「チーフ・エクスペリエンス・オフィサー(最高エクスペリエンス責任者)」という役職をお持ちです。その役割は何でしょうか。
この役職はアメリカでもおそらく3、4年しか経っていないまだ新しいもので、先進的な病院や医療システムが導入し始めているところです。同じ「チーフ・エクスペリエンス・オフィサー」でも、病院によって役割は異なっています。
私は、約1年半前に就任しました。当院での私の役割は、患者のエクスペリエンスの質を向上させることで、対象は患者だけでなくその家族にも及んでいます。また、医療提供者のエンゲージメントにも責任を持っています。医師や看護師ら医療チームやスタッフ全員が病院のミッションを理解して、それに深く関われるように努めます。
――チーフ・エクスペリエンス・オフィサーの下に、患者エクスペリエンスを担当するチームがあるのでしょうか。
4人のチームで、病院と外来クリニックの両方を担当しています。クリニックでは年間21万回の診察、救急病院側では9万回の診察が行われていますから、その数字を考えるとスタッフ不足です。しかし、この人数で、スタッフの訓練は十分に行き渡っているか、やる気になっているかを確かめなくてはなりません。
新しい役職のため、まだ標準的な責務が定義されていない状態なので、たいていの担当者は本来の仕事と掛け持ちしているのが現状です。例えば、看護師ならば80%の時間は看護師本来の仕事に充て、残りの20%で患者のエクスペリエンスを行う、というものです。しかし、これでは十分に責任を果たせません。このように忙しい病院では、すくなくとも専任スタッフが1人は必要です。患者の苦情を聞き、患者がクリニックの中で不自由しないように手助けするには時間がかかりますから。加えて、医療提供者側に患者エクスペリエンスのために何が大切なのかを教えることも求められます。
――日々の仕事はどのように進みますか。病院の中を歩き回って、気になることを取り上げて担当者と話し合う、といったことでしょうか。
毎日いくつかのことをやっています。まず、外来クリニックの中を歩いて、医師や看護師、スタッフ、そして患者と話をします。これは日々やっていることです。また、病室ユニットのディレクター、部門のディレクターが毎日やっている申し送りにも参加します。これは、過去24時間にどんな問題があって、どう対処しているといったことを報告し合うものです。患者や家族からの苦情、あるいは施設上の懸念などが対象となり、必要があれば、患者や家族、看護師ユニットのディレクターらに会いに行きます。
――そうした日々の仕事に加えて、病院を全体として患者中心に向かわせるための教育も行っているのでしょうか。
昨年からいくつかのイニシアティブを進めています。まだ発行はされていませんが、その一つが「感謝ツールキット」です。これは、バースデーカードやアニバーサリーカード、そして四半期ごとに使える珈琲やアイスクリームの食券などで、これを各部門のディレクターに渡しておきます。ディレクターがスタッフにそれを手渡す。上司が部下のスタッフの仕事ぶりをちゃんと見ていて評価しているということが伝われば、スタッフのエンゲージメントは深くなり、それがひいては患者側にもポジティブなエクスペリエンスを生み出すようになります。
そうした相関関係は証明されていて、われわれがでっち上げているわけではありません。例えば、患者が医師に好感を持っていれば、ちゃんと決められた服薬をし、次の診療日にもやってきて、食事制限も守る。そうして治療の成果も上がるわけです。ところが担当医師のことが嫌いだと、薬も飲まず診療日のアポも守らないといったことが起こり、成果も悪くなる。だからこそ、まずはスタッフに対して彼らの仕事への感謝を表現し、彼らが患者のエクスペリエンスを高めて、治療の成果を向上させるようにしたいのです。
――スタッフや看護師が直接患者と接する際に、どんなことに留意するようにしていますか。
その分野では、電話の受け答えのエチケットを教えたり、怒っている患者にどう対応するかのプレゼンテーションをしたりします。また、「マネージングアップ」と呼ぶ、相手を立てる方法についても教えます。
マネージングアップというのは、こういうことです。救急車で運ばれてきた患者がいるとしましょう。治療をした後、「あなたは看護師のシンディーのユニットに入院します。シンディーは素晴らしい看護師で、自分の家族が入院するならば、彼女に面倒を見てもらいたいほどですよ」と伝えるのです。つまり、別のチームへ引き継がれる際に、担当するのがどんな有能な人物かを表現する。そうすることで、私の気分も上がり、シンディーもいい気分になり、それが患者の不安を和らげるのです。患者は、自分のケアをしてくれるのが一人ではなくて、優れたチームだということもわかる。医師が24時間患者に付き添うことはできませんから、いいチームが担当するのだということを伝えながら引き継ぎを行うわけです。
――そもそも「チーフ・エクスペリエンス・オフィサー」に就かれた理由は何ですか。
前職はチーフ・メディカル・オフィサー(最高医療責任者)だったのですが、当時のCEOが「こういう役割を新しく作るのだが、やってみる気はあるか」と尋ねてきました。「もちろん」と答えたのです。当院のミッションは、医療費を払えない患者も含めて、すべての人々に医療を提供するというものです。そのミッションを擁護する役割ですから、喜んで引き受けたのです。
――つまり、病院の経営者側もこうした役割が必要だと認識していたのですね。
そうです。この方向に進むべきだと検討した結果です。
――この病院は、以前の建物がハリケーン・カトリーナで浸水した後に新築されましたが、その際に施設のデザイン計画にも参加しましたか。
当時はまだチーフ・メディカル・オフィサーでしたが、医師の視点から実習生のための教育エリアとICUを含む救急医療部門の施設の計画に関わりました。
ご覧の通り、ここはガラス窓が多く外がよく見えます。日中も夜も庭の風景が見えるのは、非常に大切です。また、アート作品もたくさんありますが、これも重要です。自分の身の回りが美しいと感じることは、健康にもいい影響を与えるからです。
――患者のエクスペリエンスを最良にするものは何だと思いますか。
最も大切なのは、効果的なコミュニケーションです。それは患者に対してだけではなく看護するスタッフも含めてのことで、その患者の治療計画について皆が同じ地点についているようにするということです。
次に大切なのは、相手へハンドオフする(引き渡す)ことです。例えば、救急治療室にいた患者はICUに移動し、その後一般病室を経て家へ戻り、また診察のために外来クリニックへやってきます。その移行の各段階を患者がちゃんと理解することが必要なわけですが、そのために各時点で「ティーチバック(teach back=教えられた側が、学んだ内容を説明すること)」を行うのです。
それはこういうことです。まず、患者に対して「これからこういうことをやります」と伝える際に、相手がちゃんと理解したと決めてかからない。そして、「あなたの治療計画について今話したことを、もう一度説明して下さい」と繰り返してもらうのです。それによって患者のヘルス・リテラシーがわかる。
ただ、リテラシーと言っても相手の知性を測っているわけではありませんし、ヘルス・リテラシーはそのための尺度にはなりません。大学を卒業して頭が良くても、ヘルス・リテラシーを持ち合わせない人はいくらでもいて、高血圧をうまく管理できずに塩辛いものやアルコールを摂取し続けたりします。反対に、読み書きができなくても、糖尿病では血糖値を抑えるために炭水化物は控えた方がいいと、それに従う人もいる。だからこそ、ティーチバックが不可欠なのです。外見の身だしなみがいいからと言って、ヘルス・リテラシーがあると勘違いしてはならないのです。
―― 患者のエクスペリエンス向上のために、参考にしている業界はありますか。
ホテル業界でしょうか。ここでのエクスペリエンスを並外れていいものにするために、ホテルは最も近い参照点です。医療提供者によっては、患者の要求に応えるようなことはやる必要などないと考えているところもあります。しかし、患者エクスペリエンスによってアウトカムが変わってくることを丁寧に伝えることができると、関心を持つようです。
――患者エクスペリエンスを向上させるためのコストは高くつきませんか。
向上させない方が高くつきます。患者満足度調査で平均値を満たさないと、政府から医療費の払い戻しをきちんと受けられませんから。ただ、患者のエクスペリエンスに努める第一の理由は、それを良くするのは正しいことだからです。第二の理由が、医療費の払い戻しのためです。いずれにしても向上に努めるのは道理にかなっているわけです。
――満足度調査とは、政府によって定められているHCAHPS(Hospital Consumer Assessment of Healthcare Providers and Systems:米保健福祉省が定める患者経験価値調査)のことですね。
そうです。医療提供者から受けたサービスについて、第三者機関が患者にアンケートを取って満足度が調査されています。清潔さ、食事、看護師のコミュニケーション、医師のコミュニケーション、移行、対応の迅速さなど20以上の項目について質問があります。外来クリニックでは毎週、病院では毎月結果が出てきます。その結果を皆で共有し、四半期ごとに看護師ユニットのディレクターらとミーティングをして、こういう点はどう改良すべきか、といったことを話し合います。中には、患者に対する話し方に関わるような問題が指摘されていることもあり、その場合にはユニットへ行ってプレゼンテーションをします。
――日々の細かなことが重要になってくるわけですね。
これまでお話ししたのは、どれもとてもシンプルなことです。しかし、全員が同じレベルで実践するのは難しい。「今日は治療に携わることができて、光栄でした」と、みなが普通のことのように相手に伝えるといったことはなかなかできない。それならどうすればいいか。私がスタッフに命令するわけにもいきません。私ができるのは、「そう相手に伝えれば自分の仕事が楽しくなるし、充実感が持てるはずだ。そして患者もよくなる」と伝えることだけです。
――ただ、看護師やスタッフとしても、ソリの合わない患者もいませんか。
特に行動的な問題を抱えていなくても、いつも不機嫌な人物だということもあるでしょう。けれども看護師にとっては、相手に優しくするのに常に自分を鞭打たなければならない。そういう場合は、できるだけのことをやってもらいます。それでも「サービス回復」ができないケースになる可能性もある。患者から苦情があれば、マネージャーたちを励ましてサービス回復に向かってもらうのですが、「謝罪もし、できることは全部やりましたが、まだ満足してもらえません。行って話してもらえますか」と戻ってくる場合もあります。
――病院内で患者のエクスペリエンスや環境をさらに向上させるためには、無数の改良点があると思いますが、そのためにロードマップを描いて大きな計画を立てていますか。
私は小さな成功を重ねていくのがいいと思っています。ある看護師のユニットがいいことをやれば、これは参考になると皆の前で紹介します。また、患者満足度の調査では、最高点を取ったユニットと同時に、過去半年間で最も得点を増やしたユニットも賞賛します。両方を讃えるのです。
――医療提供者としてヘルスケアに携わってきて、どんな変化を感じますか。
テクノロジーです。これは二つの違った意味で現場を変えました。一つは、電子カルテによって複数の医師が同じ情報を共有できるようになったこと。これは患者ケアにとって大きな利点です。他方、テクノロジーに頼り過ぎて、患者とつながる時間が減っているという欠点もあります。だからこそ、ベッドに寝ている患者に会う際には、立ったままではなくて座って話をするとか、相手が動揺していたら手を差し伸べて慰めるといった行いが大切になるのです。いつもそばにいて、決して見捨てることはない、ということを伝えるのです。
――態度をもって示すということですね。
それは「思いやりの行動(act of compassion)」です。行動によって強調するのは、そうでないよりもずっといい。
よく言われる「同感(sympathy)」は、「あなたがどんな気持ちか、はっきりわかる」と説明されますが、そんなことはあり得ません。それぞれに経てきた経験が違いますから、二人の人間が全く同じように感じることなどないのです。「共感(empathy)」は、「あなたがどんな辛い思いをしているのか、ただ想像できるだけだ」という意味です。そして、「思いやり(compassion)」は、「あなたの苦しみに深く動かされるが、あなたをそっとしておく」ということです。しかし、それでは機能を持った行為になりません。少なくとも私にとってはそうです。思いやりだけでは、医療提供者も燃え尽き、患者を助けることもできないのです。 一方、思いやりを行動に移し、隣に座って話を聞き、「本当に大変だということを感じます」と口に出す。「ちゃんと一緒にいます。一人ではありませんよ」と伝える。こうした思いやりの行動があれば、患者も医療提供者自身も救われるのです。どれだけテクノロジーが周りにあっても、いつもそこを軸にしなければならないと考えています。
――患者エクスペリエンスに関して、現在のトレンドは何ですか。
調査なしには済まされない、ということでしょう。その病院の患者エクスペリエンスは、誰かによって必ず調べられる。これはいいことだと言えます。20年前ならば、患者のエクスペリエンスなど誰も目をやらなかった。病院は治療をして、「気に入ってくれるといいけれど」と放っておくだけでした。今は病院も競合していますから、そんなわけにはいかない。しかし、競争が患者のケアを向上させるのならば、大歓迎です。
――現在のチャレンジは何ですか。
忙しい仕事であることです。時にはポジティブではない問題の中をただ泳いでいるような日もあり、内面的にも疲労困憊します。だからこそ、ポジティブなことを讃えるのです。患者から感謝のカードが届いたりすると、それを皆で祝い、外にも伝えるのです。