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ヒト2024.10.21

医療業界の常識を疑い、社会のために医療システムを変革する — メディカルビットバレー澁谷裕之先生インタビュー

現在、地方での医師不足が深刻な課題となっています。そんな中、新潟県長岡市に2020年10月に開業したのが、エールホームクリニック。内科や小児科、皮膚科などの9つの科目をそれぞれの専門医と医療スタッフが横断的に連携する「ワンフロア精神」と、専門分野を超えて一人の患者さまに寄り添う「シナジー診療」を提唱しています。医師をはじめとするさまざまなスタッフ同士が職種の壁なく、一体感を持ってチーム医療を実践するとともに、患者さまが複数の診療科を受診しやすいシステムを実現しています。

「この医療の仕組みを全国に伝えることがミッション」と語る医療法人メディカルビットバレー代表の澁谷先生にお話をお聞きしました。

現代の医療システムがもたらす不均衡性の払拭

澁谷先生は新潟県長岡市で新しい医療の仕組みを実践されていますが、現代の医療制度について、どんな課題があると思われていますか?

澁谷 高齢化が進む地方において医療の需要と供給のバランスが崩れてしまっていると思います。高齢者が増え続けている一方で、地方の医師の数は不足している。その中でも日本の医療における問題は、医療を支えているのが個人の医師であることだと思います。一人の先生だけで患者さまや医療を支えることは限界がありますよね。先生自身が年をとったり、施設そのもののキャパシティだったり、どんどんと進化する医療に対応することにも限界があります。「再生医療」をはじめとした最先端医療と地域で個人が支えている医療の隙間を埋める機能が必ず必要になってくると思います。

隙間を埋めるためにはどんなことが必要だと思われますか?

澁谷 医療の隙間を埋めるために考え、実践している新しい医療のかたちが「メディカルビットバレー構想」です。個人医では有することが難しい医療機器を持つことで入院につなげる診断を可能とし、必要に応じて速やかに大型病院とリレーションを図る。患者さまが利便性を感じられ、安心して通院してもらえる、社会に対して意義を持っている、地域に根ざした大型複合クリニックです。このようなクリニックを作ることで、医師不足に悩む地方に信頼できるドクターを集めて育て、地域医療を活性化し、医療の不均衡性を払拭できるのではないかと考えます。これまでにない新しい、今あるニーズに応えるシステムを作る。医療従事者に、今の時代にあった働き方を提供できることで、間違いなく患者さまのためになるという確信のもと、医療法人メディカルビットバレーを立ち上げ、エールホームクリニックを開院しました。

常識への疑いでつくったエールホームクリニック

そのような「メディカルビットバレー構想」や大型複合クリニックのエールホームクリニックが生まれるまでの経緯を教えてください。

澁谷 実は私は元々、医療とは異なる分野で働いていました。ある時、東京で医師をしている友人が、福島の病院に転勤になって、衝撃を受けたんです。福島にも医学部があるのに、医師がいるはずなのに、なんで東京から医師が転勤になるのか?と不思議でした。それで友人に話を聞くうちに、日本の医療のバランスが崩れていることに気がついたんです。日本人の高齢化が進む中で、地方は医師を必要としているのに、最先端の医療を求めて都市に医師が集まってしまう。バランスを保てていない。それが医療の常識だったのかもしれませんが、その常識のままでいいのか?と疑問を感じ、社会のために「新しい医療システムをつくろう」と心に決めました。それが30歳の時です。

その実現のためには医学の知識を得ることが必要不可欠だと思いました。医師になるために医学部を目指したのではなく、仕組みを変えるため30歳から医学部を目指したということですね。運よく、翌年31歳で医学部に入学することができました。もしも18歳から医学部を目指していたら、こんな構想を思いつくこともなかったと思います。これまでのキャリアを含め、色々と経験してきたからこそ、地方でも働きがいを感じられ、一人で医療を背負わなくてもよい仕組みである「メディカルビットバレー構想」ができ、私自身のミッションになったのです。

医学部卒業後はどんなご経験をされたのでしょうか?

澁谷 卒業後は研修医として山形県米沢市で勤務しました。指導医の先生がスーパーマンのようなすごい方だったのですが、時間を問わず一人で医療の現場を支えているのを目の当たりにして、違和感をもったのです。その方一人がいくら頑張っていても限界があるし、一人で仕事をして一人で責任を取るやり方は誰もが同じようにできるわけではない。誰もついて来られなければ、思いや、やり方を継承することもできません。尊敬できる方ではあるけれども、何かがおかしい。だって、普通の人では成し遂げられないようなことをやっているからこそ、スーパーマンなのであって、一人の医療ではいずれ破綻してしまう。それで思ったのは、1人のスーパーマンよりも5人のドクターがチームを組む、1人の横綱よりも5人の前頭がいた方がチーム力で強くなれるということ。仲間として連携できることがこれからの世の中のためになるのでは、ということでした。

医療業界の中でそのような強いチームをつくるために必要なのはどういったことだと思われますか?

澁谷 医師は孤独です。その孤独さを少しずつでも解放して、一人ではなく患者さまも含めてみんなで医療をつくっていると思えることが必要です。そのために、医療従事者みんなで役割を分担して、指示系統を明確にして、お互いがフェア感を感じられるようなシステムや仕組みをつくることが大事だと思います。

医療の道に進んで衝撃だったのが、あらゆる「壁」の存在です。個人の「壁」、医療従事者同士の「壁」、大学の「壁」、そのほかのあらゆる「壁」をなくさないと、フェアなチームは生まれないと思ったのです。「壁」をなくすことで、昔ながらの「白い巨塔」ではなくみんなで一枚の「白いキャンバス」になること。一番大事なのは、みんなで分け合う、分かち合うということです。高級なワインを1人で飲むより、ビールをみんなで乾杯した方がおいしいよねという文化にしていくことです。それが私の考える、あらゆる「壁」をなくして、医療を開放する「ワンフロア精神」です。

一人で支えていた医療からチームで支える医療に変革する仕組みを作ることで、医療従事者だけでなく、患者さまの利便性と満足度を高めることや適切な医療につなげられると考えます。医療をオープンでフラットな「ワンフロア」にすることで、患者さまも開放されて広がっていっているという印象を感じています。

壁のないオープンな組織が可能とする「シナジー診療」

メディカルビットバレーが掲げる「シナジー診療」について教えてください。

澁谷 子供の頃は喘息で体が弱くて、よく病院へ行っていたんですが、患者さまを遠ざけてしまうような医療の壁を感じてしまうことがあったり、他にもそう思っている人がいっぱいいるのかな?と幼いなりに感じていました。だからこそクリニックをオープンに、フラットに、軽く来られるようにすれば、そこが必ず「受け入れてくれる場所」として成立できると思いました。それが「シナジー診療」の原点でもあります。これまでの話の通り、「ワンフロア精神」の考え方に通じています。診療科の受付の壁をなくし、フラットな空間の中で、科目の違う先生も行き来し、一度の通院でさまざまな科目を診療してもらえる、場所も診療も壁のない空間で患者さまに安心してもらいたいと思いました。

「シナジー診療」の利点は他にもあるのでしょうか?

澁谷 シナジー診療は医療従事者にとっても患者さまとっても、それぞれの利点があると思っています。医療従事者サイドの利点としては、一人ではできないことが、さまざまな科の先生や専門家が集まることによって、補完し合いながら高められるという点です。個人の一人の医師だけでは難しいことが可能になります。例えば、資金調達です。資金調達がしやすくなることによって医療機器を導入することができたり、その機器があることでクリニックでもより正確な診断や、入院につなげる診断を行うことができます。もう一点は、クリニックでも大きな病院と同じような医療機器が使えることで、働く医師・医療スタッフのやりがいやモチベーションにつながることです。

患者さまにとっての利点も多くあります。まず一点は、同じ時間に同じ場所でさまざまな科目の診療を受けられることによる通院の負担やストレス、心配の軽減です。同じ病院内で違う科目の先生がそれぞれ連携することで安心感にもつながります。もう一点はこれまではご家族が一人ずつ別々の病院に通院していて時間がかかってしまっていたり、それによって負担がかかっていたのが、複数の診療科があるエールホームクリニックならご家族ごと一緒に診察を一つの場所で受けられるということです。

さらに、メディカルビットバレーには医師だけではなく広報や人事労務のプロがいることで、組織の潤滑油の役割を果たしています。それによって摩擦が起きない、人と人とがアメーバのようにつながることができる組織として、シナジー効果を高めています。医師が自分の仕事だけに向き合えるだけでなく、お互いの仕事をリスペクトできることで相乗効果、すなわちシナジーが生まれています。組織やシステムが医療チームのために何ができるかを考えると、企業でいうところのバックオフィスがどれだけ機能できるかも大切だと思います。

患者さまから選ばれる病院になるために

エールホームクリニックは、2拠点で1日600名強の来院数を誇りますが、最初から地域に選ばれる病院だったのでしょうか?

澁谷 最初は患者さまが少なく苦労していました。2020年10月に開業した時には医師が2名だけで、半年間は経営面で非常に大変でした。そのような状況下でも職員一同で既存にない新しい医療のかたちを実現するんだという強い気持ちを持ち、自分たちの理念を信じてやってきました。ちょうどその頃、世界的に新型コロナウイルスが流行し、いよいよワクチン接種が始まろうとしていました。まさに背水の陣であった私たちは、少しでも地域医療に貢献したいという思いから、他に先駆けてワクチン接種に着手し、結果として総計25万回以上のワクチン接種を実施することができました。行政や金融、協力企業など、周囲のリレーションに助けられながら、少しずつ皆さまに認知いただけるようになりました。

今では、地元の若者から高齢者までありとあらゆる世代の方に来ていただいています。患者さまの希望で大きな病院からの逆紹介で来られる方もいらっしゃいます。患者さまにとっては複数の診療科があることが究極の利点なのかもれませんが、いつでも笑顔で迎えることで「来てよかった」と思ってもらえることや、「何かあったらまた来てくださいね」と声をかけることが、来院してくれる600名強の患者さまにつながっていると思います。

なぜエールホームクリニックは地域に選ばれる病院になれたのでしょうか?

澁谷 患者さまに集まっていただける「選ばれるクリニック」になれたのは、「あなたのかかりつけ、まずはエール」をメッセージとしたことも大きいです。標榜する診療科を判断できない方々にとってトリアージ機能をもてたからだと思います。「ここが痛い」としか言えない患者さまに、迷わずに医師に相談してもらうこと自体も医療だと私たちは考えています。「いつでもどうぞ」という開かれた医療を実現することで地域の活性化にもつながっていると思います。エールホームクリニックで働くスタッフのサービス精神、能力の高さ、社会のためになりたいという思い。それらが患者さまと連鎖して、輪になって、ハッピーオーラのようなものが出ているのも、選ばれている要素かもしれません。

今後の展望

「選ばれる病院」に成長したエールホームクリニックですが、メディカルビットバレーとして澁谷先生の今後の展望をお聞かせください。

澁谷 次世代に引き継ぎながら、全国にこの仕組みを広げていきたいです。「社会のために医療システムを変える」と心に決め、医学部に進んだ30歳の頃から私のミッションは変わっていません。これが自分のやりたいことだと、仕組みを変えることで患者さま一人ひとりのためになると確信できたから、情熱を燃やし続けて20年間、突っ走ることができました。「メディカルビットバレー構想」をビジネスモデルとしてではなく、医療システムそのものを変革するためのものとして、長岡から全国に広めて、継承していくことまでがミッションの完遂だと思っています。

今あるニーズに応えるための医療システムとそれに付随する新しい医療の空間をつくる。そしてそこで働く人には、今の時代にあった働き方を提供する。それができることが間違いなく患者さまのためになると思っています。また一方で、「仕事は楽しく、面白く」がモットーなので、医療業界を最高に明るい業界にしていきたいという思いも持っています。

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